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お魚ビーム ニャンだろー?!光線

お魚ビームと言う猫の玩具を買いました。

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これが今まで購入した猫の玩具のなかで一番、

猫に評判が良い!

そりゃあもう走り回る、走り回る・・・・。

懐中電灯の光が小さく、光の形が魚の形のイメージ。

我が家のニャコ達に大人気!

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3年前の・・・

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2009年5月15日撮影

亡くなる14日前の写真

3年前の5月29日・・・・・

忘れられない日です。。。。

最愛の家族、ブルース君が亡くなった日です。。。

リズム、オーティス、レノンと接する際・・・

いつも考えます・・・

この子達が亡くなったときに

後悔しないように精一杯彼らとの時間を大切にしようと。。。

ブルースに関しては今となっては遅すぎるけれど

後悔することばかりです。

かなり厳しく育てたので陽気さが無くなってしまったんじゃないかとか、

ひとりぼっちの時間が長すぎて

寂しかったんじゃなかろうかとか。。。

あれから3年経ったけれど

ブルースの事はいまだに一日たりと考えない日はありません。

私と一番長く一緒に居てくれた子、

一番愛してくれた子、

あの亡くなるまでの最期の一ヶ月・・・・

本当に辛かった。

でも一番辛かったのはブルース自身だったんだろうな。。。

最高6キロちょっとあった体重は、

最後は4キロあるかないかくらいに減ってしまい、

ずっしり重かった体は

紙みたいに軽くなって頼りなくなってしまいました。

ブルース、ごめんね。。。。

辛い思いさせてごめんね。

でも世界で一番キミが大好きだよ。。。

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愛しあってるかい?

清志郎の死後初となるチャボの青山MANDALAのライブが終了した。

ネットや新聞でライブの様子を確認する事ができたけど・・・・

せつないです。。。。本当に。

清志郎とチャボは、今まで私が見る限り

息の合った最高のボーカリストとギタリスト。

ただの音楽仲間ではなく、傍から見ても、

本当に最高の親友だったんだろう・・・って感じます。

それだけに早すぎる突然の死がチャボにとって

どれだけ辛かったかって考えただけで胸が苦しくなる。

それでもミュージシャンの切ない性・・・

哀しかろうが、体調悪かろうが、

沢山のお客さんがチャボを待っている以上、

ステージはキャンセル出来ない。

ステージでチャボは姿なき清志郎に

「唄い続けることだよな?」って問いかけたらしい。

本当に切ない。

きっと、切なさと同時に沢山の自分を待ってるファンの顔をみて

改めて気持ちを奮い立たせたんだろうな。。。。

でも、

RC解散後の残された二人一緒の演奏を見てると

本当に二人が愛し合ってるのが、

ひしひし伝わってくる。。。。

結局、「愛」が全てだと私は思うんです。。。

心を撃つのは「愛」でしょ?

愛が無ければ人の心は本当の意味で動かせない。

だから、オーティスも清志郎も常に

「愛」を問うて来たんだろうな。。。。

私たちは清志郎から一体幾つの事を教わってきたろう・・・。

~今夜ひとつだけキミに聞きたいことがあるんだ・・・

愛し合ってるかい?~

・・・・やっぱし、GOD「神」だよ、貴方は・・・・・

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一日5回

最近の私の趣味は掃除。。。

もうすぐボーナス!!!・・・なので

ベットを購入する計画なので開けてないダンボール7箱のうちの

1箱を昨日片付けた!!!(自慢です)

掃除機は一日に5回はかけている。

なにせ、この時期 猫の毛がすごく抜けるし

ほって置くと何もかも猫の毛だらけになっちゃうから。。。

引越後、初の換気扇掃除も先ほど終了。

なんだか清志郎が亡くなってから

人生、襟を正して前向きに、

充実させていかなければならない気がしてます。

そうすると掃除が止まらなくなって・・・。

清志郎の音楽を聴きながら掃除をして、

好きなインテリアも何を買おうかとか、

どういうレイアウトで置こうかとか、

何を飾ろうかとか・・・居心地の良い部屋にするための

計画を色々考えてたら、久しぶりにワクワク楽しい気分になりました。

昨日などは花屋で庭に植えるバラの苗木と山紫陽花の苗木、

それからちっちゃい多年草の草花を購入しました!

あと室内用の観葉植物にアジアンタムも!

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今までの人生、「とりあえず・・・」という根無し草のような

生き方をしてきたので、ココに根を下ろして生きるという考え方は

自分でも前向きでいいなぁ・・・なんて思う。

ブルース君の亡くなった時もそうだったけど、

清志郎が亡くなった事で、

「当たり前のシアワセ」が、いかに大切か、

何よりも大切かと言う事を思い出した。。。。

猫たちが居て、

好きな音楽があって、

毎日通う仕事があって、

美味しくゴハンが食べれる・・・・

これ以上の幸せなんか無いよ。。。。

アタシってば、とてもとても幸せだぁ。。。。。

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写真は以前通っていた猫カフェのオーナーから頂いた猫オブジェ。

玄関に飾ってます。

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未発表音源が・・・・!!

アルバムに収録されて無い音源がやはり、かなりあるようだ・・・。

これは推測ではあるが絶対発売されるはずだ。。。。

そう信じたい。

廃盤になってるもの、提供曲のデモ、番組や雑誌の企画もの・・・等々。

買えるものは買っておくべきだったし、

引越で荷物になるからといって

絶版になった写真集や単行本。。。捨てなきゃ良かった。

ライブのパンフレットも全部捨てたよ・・・この前の引越の時。

写真はいいとしても、

未発表音源だけは、なんとしても手に入れたい。

けど、慌てるファンを、キヨシローが天国でウクレレ弾きながら

口の端でニタニタ笑ってみてる気がする!

でもね、本当は

余裕のペースで聴く事が、キヨシローの音楽に対するベストのスタンスだと思うんだなぁ。

居なくなって初めて判る有難み。

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大樹の影で腰をおろして・・・・

半月ですよ。半月・・・・。

この半月で、どんなに大切だったかって・・・

あらためて思い知らされた。。。

悔しい事に、東京に上京してからは

一度もキヨシロウのライブには行っていない。

いつかはキヨシロウを観に行かなくては・・・って

ずっと思ってたのに、結局実現出来なかった。

それだけは本当に心底後悔している。

まるで宗教のようだと笑われても・・・

うしろ指さされようとも・・・・・

清志郎の音楽を聴いていると、

大樹の下で穏やかに過ごせる気がするんです・・・。

本当に不思議な人です。。。。

本編で「あの世にもって行きたい音源」の中に

忌野清志郎作品が入っていない・・・・これは改訂ですね・・・・・。

有名人のコメントの中に、

「一生このさき、清志郎の作品だけを聴いて過ごしてもいい」・・という内容の事が

書かれていたが・・・・実は私もそうかもしれない。

極端だけど、これからの先の私の人生には

心に優しい音楽以外は必要ないのかもしれない。。。。

優しい、優しいっていうけど表面だけの上っ面の優しさじゃなくで

聴いて本当に心を打つ優しさ。。。。

聴いてたら心が震えるんです。。。。。

だから、

私の大仙人、忌野清志郎・・・・・この人の音楽が必要。。。。

それともう一人の仙人・・・・・フルタヒロアキ。。。。。

私はこの二人の音楽さえあれば、それでいい。。。。。

それだけでいい。。。。

あとは何にもいらない。

ずっとこの人たちの音楽の中で穏やかに過ごせれば

私はそれでいい。。。。悔いは無い。

うちにあるそれ以外の全てのレコードなどの音源を手放しても問題ない。

迷いは無い。

このふたりの音楽には共通点が絶対ある。

私は、そう感じる。。。。

たとえ他のひとがそう感じなくても。。。。

私は感じている。

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連続投稿 聴いておくれよぉ

清志郎は楽曲提供もたくさんたくさんしていて、

また泣ける良い曲見つけてしまった。。。

これも今回Youtubeで見つけたけど、

歌詞がめちゃめちゃ良い!!!!!!!!

清志郎が人に提供した曲で、

こんな勿体無いくらい良い曲は始めて聴いた。。。

曲も泣ける。。。

竹中直人のアルバムの中に『おぼえてること』という曲があり、

キヨシロウが作った曲なんだけど、調べたところ・・・・

キヨシロウのアルバムにはどうやら無いんだな・・・・。

ってことはこの竹中直人が唄ったもんしか無いってことでしょ?

でも聴く限り・・・・もろに「キヨシロウの曲」なんだよなぁ・・・・。

きっとキヨシロウが唄ったら名曲になってたと思う。。。。

竹中直人が唄っても泣けるんやもん・・・・。

是非、清志郎の唄で聴いてみたかったけど、

でも、しばらくしたら未発表音源が絶対出ると思うっちゃんね。。。

これは絶対!!!!たぶん絶対出ると思う。。。。

門外不出のものも、

他のアーティストに提供したデモ音源も。。。。絶対!!!!

・・・とかいって既にこの曲清志郎のアルバムとかで

出てたりして・・・・。もうちょっと調べるけど。

とにかく今はこの竹中直人の「おぼえてること」を聴いてみて!!!!!

「おぼえてること」 竹中直人

↓↓作詞:忌野清志郎  作曲:忌野清志郎↓↓

 

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Hand Clapping Rhumba 2000

細野さんのライブに清志郎が出演した際の映像らしい。

すごく良い曲!楽しい(≧∇≦)

はじめて聴いた!!!

聴いておくれよぉ~;:゙;`(゚∀゚)`;:゙

Hand Clapping Rhumba 2000

作詞:大瀧詠一/Tin Pan/忌野清志郎

作曲:Tin Pan↓ ↓ ↓

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ひとやすみ

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清志郎の唄には、『お月様』・・・・がたくさん出てくる。。。。

お月様に照らされているのはリズムさん。。。。

私は夜空を眺めるのが、かなり好きです。。。

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私の好きなバンドマンたち

清志郎がなくなってから2週間近く経つ。。。

葬儀へ行って少しは心の整理はついたが

まだまだ哀しみは続く。。。。

そんななか、私の好きな大物バンドマンたち大勢もライブや自身のブログで

コメントを出してその死を悲しんでいる。

そんな見たり聞いたりすると・・・やっぱり清志郎ってスゴイな・・・って。。。

日本のフォーク時代からニューミュージック時代の過渡期に

今のロックの原型となるものを既にやってのけた人だからね。。。

しかも、いんちきロックじゃなくて、あの時代から継続して、やり続けたのは清志郎だけ。

清志郎がいなければ日本のロックも今頃、全然違うものになってたかもってくらいに

大勢のミュージシャンの方が彼の音楽を聴いてミュージシャンになったわけだから。。。

本当に凄いよ。。。。

葬儀に行った時、お花の変わりかなんだか良く解らないけど、

沢山の芸能人からのお悔やみ?のなんか板に名前の書いてあるのがあったけど

そりゃ大物ロックミュージシャン沢山名前あったけど、

ありそうで無さそうな名前を見つけました。。。

「村越弘明」・・・つまり元スライダースのハリーです。

横つながりありそうで無さそうなイメージだったから

グズグズに泣きながらも、かなり感動した。。。

なんか、そこでハッとしたよ。。。

つまり、清志郎は死んで代わりなんて誰にも出来ないけど、

日本には良い音楽は沢山あるし、清志郎を聴いて影響を受けたバンドマンは

沢山いるんだって思いだした。。。。なんか救われた。。。

心の支えになって貰おう。。。。うん。。。。

1983年7月 福岡市民会館 5列目を当時必死に取りました!凄く嬉しかった。。。

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青山葬儀所にて感じた事など。。。

あれ以来・・・当然のようにRCサクセション・・・清志郎のことばかり考えている。

本棚に眠っていたキヨシロウ関連の書籍を読み漁る。。。

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RCファンのバイブル『愛しあってるかい』

『十年ゴム消し』、『GOTTA!忌野清志郎』、『忌野清志郎画報 生卵』。

ドップリ・・・である。

私はキヨシロウの事を仙人と呼んでいる。そして彼はやはり天才である。

最初から天才であった事は、これらの本を読んでも・・・

また、自分が見聞きしても明らかであるが、

キヨシロウだってさすがに最初から仙人だったわけじゃないんだと

つくづく思う。

キヨシロウは子供が出来てからは丸くなったけど、

結婚前はやはり相当悪い事をやってたようである。

キヨシロウ仙人だって生身の人間。。。

あの「忌野清志郎」になるまで実に人間くさい生き方をしてきたようだ。

当時を考えれば、

4万数千人のファンが葬儀に参列するには程遠い人だったかもしれいね。。。

でもひとりの非凡な高校生が、58歳となり日本のロック界の王者として名を残し

亡くなっても、それだけ多くのファンを持ち続けたって本当にスゴイ。。。

葬儀では40代50代のファンが多かった。。。

私も含め、みんないい中年になったが、当時はみんな尖がってたよ。。。

あの尖がってたファンはみんな葬儀を待つ列では騒ぎもせず

大人しく並んでた・・・マナー良くね。。。

列先頭の何人かはマナー悪く騒いでいたと言う話もあるけど

私が知る限りで、私の周辺では一人もそんな変な人は居なかった。

私もひとりで大人しく並んでた、

青山葬儀所の門のところまで進んだ時、

中からキヨシロウの遺作となった「Oh!Radio」が聞こえた時・・・

私の悲しみの感情が爆発し、涙と胸の苦しさで足が進まなくなってしまったんだけど、

同じ列に並んでた女性が口も聞いた事無いのに

黙って私の肩を抱いてくれた。。。。それってスゴイよ。。。

あと感動したのは、葬儀を取り仕切るスタッフさん達。。。。

青山葬儀所のスタッフさんはともかく、

清志郎サイドからお手伝いしているスタッフさん達。

事務所やらなんやらの音楽関係者なんでしょうが、

ひとり残らず、すごく優しいのです。。。

持参したお花をスタッフさんに預けるんだけど、

私はそれを渡すとき、もうグズグズに泣いてたんだけれど

スタッフさんは優しくいたわる様に「必ず渡しますからね。。。」って。

それ聞いたらまた泣けてきた。。。

とにかく、あそこに居た全ての人たちが同志だって感じていたわりあってた。

清志郎を愛する人たちが皆でね。。。。スタッフさんもファンも皆、一人残らず。。。。

ファンは殆どの人が香典なんて包んで来てる訳じゃないのに

あんなに遅い時間まで沢山のスタッフさんが嫌な顔ひとつせず

一生懸命、ファンに対応してくれていた。。。本当に感謝してます。

これも全てキヨシロウの人徳のお陰なのかもね。。。

キヨシロウも時間をかけて仙人になったけど、

ひょっとしたら、昔尖がってた私たちもキヨシロウみたいに

しばらくしたら仙人になれるのかも。。。。なんて真面目に思った。

写真は私が一番最初に行ったRCサクセションのライブチケット

1982年の7月16日 福岡サンパレス 1階み列36番

一階の一番後ろだったと思う。。。

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行って来ました。。。キヨシローの最後のロックンロールショー

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五月晴れ・・・・・。行ってきました・・・心の整理をするために。。。

私が乃木坂駅に到着したのは10時30分頃・・・。

ひとりで乃木坂駅から歩き出した途端、沢山の清志郎ファンが目に入り

嗚咽が込み上げ・・・・いきなり号泣してしまった。

弔問のため並んでいるファンの多くは、圧倒的に40代が多そう。。。

みんな、日本の経済をバリバリ支えていそうな年齢です。。。

ファン受付は13時からなのに相当な人数の列。。。。

最初から長時間の待ち時間を覚悟していたが、わずか4時間ほどで

長蛇の列は少しづつ動き出した。

葬儀所の脇まで列が辿り着いた時、会場で流れる清志郎の優しい歌声が耳に入ってきた。

遺作となった「Oh!Radio」・・・清志郎本人が唄った物。。。

その曲を聴いて、また涙が止まらなくなった。

私は声をあげて、泣いた。。。

葬儀所の門を入り、事前に配られた芳名帳を渡し、

キヨシロウの遺影となった写真のポストカードを受け取った。

とても柔らかい、優しい笑顔。。。ポストカードをしっかりと胸に抱き会場を見渡す。

そこには20m近くありそうな大きなバルーン製のキヨシロウうさぎ(キヨシロウは兎年生まれで昔からよくこの兎を描いていた)がギターを抱いて風に揺れている。

会場で大音量で流れるキヨシロウの曲に合わせギターを弾いているようにように見える。

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「本日は忌野清志郎青山ロックンロールショーにおこしいただきありがとうござうございます・・・」

冗談のような本気のアナウンスが流れる。

もうこれが最後・・・本当に最後のロックンロールショーなんだ・・・

そう思うとまた涙が止まらなかった。それでもキヨシロウは優しく唄っている。

その声を聴いていると不思議と心が落ち着いてきた。

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献花台のある祭壇の前はまるでライブ会場のよう・・・

紅白の幕。色とりどりの花。ファンひとりひとりに、献花するためのバラの花が渡される。

微笑むキヨシロウの遺影・・・やっぱりこの人が大好きだ。。。

祭壇の前は写真撮影禁止でしたが、目に焼き付けてきました。

キヨシロウの乗っていた愛用の自転車、使用していたギター、

関係者の告別式の際演奏されたためだろうか・・・ドラムセットも。

床には紙ふぶきの後が。。。

キヨシロウは本当に死んだのか・・・?

しかし祭壇にはキヨシロウのお骨が。。。

本当に死んじゃったんだ・・・・骨になっちゃったんだ・・・・。

あの大きなステージで、沢山の・・・本当に沢山の人の心を掴んだキヨシロウ・・・

今はもう、小さな骨壷に納まっている。。。

あんなに沢山の心を振るわせたあの人の魂は、肉体を離れてしまった。

天才と言われたキヨシロウの新しい作品は今後創られる事は無い。

勿体無い・・・・もっと、贅沢を言えば、

もっと、もっと、もっと創って欲しかった。

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献花台の前に立つファンの間から、まるでライブのアンコール・コールのように

誰かが「キヨシロー~~!!!!!!!」と叫ぶ・・・

周りから一斉に声が上がり始めた。

一瞬、ライブ会場にいるんじゃないか・・というような錯覚を起こしてしまった。

脇からキヨシロウがジャンプしながら飛び出してきそうな雰囲気。。。

叫びだす人、泣き出す人・・・・・肩を震わせ嗚咽する人。。。。

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行きの道中、キヨシロウに捧げるお花を用意しました。

キヨシロウの元気をイメージしてオレンジのお花にしました。

斎場の脇にプレゼントやお花などを渡すスペースが設けられていて、

お渡しすると、「ファンからの贈り物」がかかります。

♪~贈り物を~くれないか~ ボクに贈り物をくれないか~

  もっと沢山~もっと素敵なものを~ ♪

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自宅に帰り、頂いた写真をさっそく額に入れました。

私の宝物です。。。。

清志郎の音楽に出逢えて、私は本当にシアワセです。

まだ聴いてない音源、持って無い音源もあるので、

これからまた揃えていきたいな。。。

そこには、まだまだ生きるヒントが隠されていそうな気がする。。。

行って良かったです。正直、迷ったけど私の判断は間違ってなかった。

ひとつケジメをつけれた気がします。

 

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約束・・・

飲茶楼楼・・・今日、青山まで清志郎に会いに行ってきます・・・・

『約束』 作詞作曲:忌野清志郎・三宅伸治 

約束もしないけど また今度会いたいね

ありがとう夢のようなあたたかいこの夜を

月が照らす帰り道

君のことを想い出して

今度いつ会える

忘れない今日のこと また今度会いたいね

月が照らす帰り道

君のことを想い出して

今度いつ会える

約束は要らないさぁ またきっと会えるから

ララララ ララララ ララララ

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溜息の日々

あれから毎日、溜息と涙ばかり。。。

音楽離れから、いきなり清志郎に引き戻されました。

なんて素敵な音楽を残していってくれたんだろう。。。。

RC時代の音源は全てレコードで保有しているので

アンプ壊れて、スピーカー無し状態の私は、

自分を呪いました。

幸い、ベスト盤や、ソロになってからの色々な活動の音源はCDがあったから

助かりました。

それに、現代の最強の道具『YOUTUBE』には相当お世話になりました。。。

心配をしてくれた友人達には申し訳ないが、

メールのお返事とか今はキヨシロウの音楽を聴くのが忙しくて書けてません。。。

ごめんなさい。。。頭の中が整理出来て無いし。。。

結局、明後日の告別式・・・青山葬儀場・・・行くことにします。

これで送らなければ絶対後悔しそうだから。。。

私のような音楽オタクを作り上げた原因はいくつかあるけれど・・・

一番最初のきっかけは間違いなく、RCサクセション・・・忌野清志郎だから。

そして、

色んな節目節目に、くもの糸のように私を救ったのは清志郎の音楽だから。。。

この人の歌の中に込められたメッセージを

きちんと把握し受け留めていれば、人生を生き延びていけそうだ。。。

5/4に更新した 「納得できるまで・・・キヨシロウを讃える その14 『GODの神様』」で

「オーティスガ教えてくれた」という歌について書きました。

その歌について、ネットでファンの多くが、オーティスの部分を

キヨシロウに置き換えてメッセージを書いていました。

私も全く同感で・・・・清志郎が教えてくれた事の多さを痛感しました。

つまり、清志郎の歌には生きるヒントが沢山あるって事。。。

もう一度、その辺を踏まえたうえで熟聴しなければ。。。

清志郎が残したものってすごく大きい。。。。

そして、繋がってるよ。。。。ファンの心に。。。。つくづくそう思う。

遺作となったFM802 2009年ACCESSキャンペーンソング

Oh!RADIO』は、歌詞が素晴らしい。。。

勇気と希望に満ちた素直な、最後のキヨシロウからのエールだと信じます。

清志郎本人が歌ったものは、葬儀の際に流れたらしいけど、

本人が歌ったものを是非聴いてみたかった。。。

↓↓ Oh!RADIO/RADIO SOUL 20 ↓↓

FM802 2009年ACCESSキャンペーンソング 作詞・作曲:忌野清志郎 プロデュース:蔦谷好位置

参加アーティスト(阿部真央・HY・くるり岸田繁・スガシカオ・ ボニーピンク・ROCK'ATRENCH山森大輔・TRICER ATOPS和田唱)

歌詞は絶対見て欲しい⇒http://funky802.com/access/

曲も絶対聴いて欲しい、YOUTUBEでね⇒

http://www.youtube.com/watch?v=J0LlDVYyUpU

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清志郎と、ずっ~と一緒に過ごしたゴールデンウィーク②

①の続きをしゃべらせて!

さっきの『雨上がりの夜空に』・・・はアルバム『ラプソディ』の音源で

1980年の久保講堂でのライブですが、

あえて昔のメンバー・・・つまりRCにこだわって。。。

しかし2004のFujiRockの清志郎の『雨上がりの夜空に』も素敵だね。。。

この盛り上がり方が最高じゃないですか~♪

5年前だと53歳くらいでしょ?

この年代のロックミュージシャンで、

こんなにロックで、沸かす事の出来る人って、数えるほどでは・・・(3本指あれば充分)。

すごく、カッコイイ

↓↓『雨上がりの夜空に』 Fuji Rock Fes 2004↓↓

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清志郎と、ずっ~と一緒に過ごしたゴールデンウィーク①

このGW・・・・

まさかこんな過ごし方をするとは夢にも思いませんでした。。。

タバコを買いに出る以外は一歩も外出せず、

ただひたすらに清志郎の残した音楽を聴き続けていました。

泣いては感動し、また泣いては感動し。。。。

本当に、清志郎の事しか考えないGWでした。

日刊スポーツだけが、葬儀の様子を次のように伝えていたようで・・・・

日刊スポーツより

『出棺前、参列者が遠巻きに囲む棺の上に、

愛用のマントとギターが置かれると「雨あがりの夜空に」がかかった。

「OK、チャボ!」。清志郎さんの仲井戸への掛け声に続いて歌声が流れた瞬間。

それまで沈んでいた仲井戸が棺の前に飛び出した。

言葉にならない声とともに両手を上げ、一心不乱に跳びはね続けた。

80年代前半。2人は、日本で最もとんがったライブを披露していた。

清志郎さんの往年のステージパフォーマンスが乗り移ったかのような

仲井戸の姿に、参列者は涙声で大合唱した。』

なんか、チャボの気持ちを思うと、本当に胸が痛い。。。。。。。

耐えられない。。。。せつな過ぎるよ。

清志郎って言ったら、やっぱり仲井戸“CHABO”麗市だもん。。。。

私の中では

「今日は最後までこんなに盛り上がってくれてどうもありがとう!感謝します。

じゃあ最後に、雨上がりの夜空に、OK~、チャボ!!!!!」・・という清志郎の台詞は、

あの擦り切れるほど聴いたアルバム「ラプソディ」の中で

どう考えても『雨上がりの夜空に』の歌詞の一部。

ライブでも、「雨上がりの夜空に」やる時は

いつも「OK~、チャボ!!!!」のコールは定番だもん。

↓↓『雨上がりの夜空に』 RCサクセション↓↓

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今日のところは、このくらいで勘弁してやろう

およそ半日でこんなにキヨシロウについて

その1~その14までも、語ってしまった・・・・。

やはり、

清志郎・・・・・好きだ・・・・!

こんなに好きなのに。。。。悲しすぎる。

死んだなんて、信じられない。。。。

私の人生の多くに、一杯影響を与えた人だもの。。。

なんだか、明日にも清志郎本人が

『嘘だよ~冗談だよ~、死んでないよ~』・・・とか

とぼけた顔でワイドショーに出てたりするんじゃないかと

思ってしまう。。。

清志郎が好きな人は皆そう思ってるんじゃないだろうか・・・?

人の言葉を借りるなら・・・

『死んだら新聞に載るようなロックスター』・・・。

かつて人生を全うし、亡くなってここまで大騒ぎされたアーティストが居ただろうか?

太く短く、まさに清志郎は生きた。

喉頭ガンでも、手術で生きながらえる事をせず、

歌い手である事を選んだ清志郎。

清志郎にとって、声を失う事は音楽を諦める事・・つまり歌を捨てる事になってしまう。

日本の働き盛りの多くが、彼の音楽で育ち、

彼を敬愛している。

平凡な毎日を送りながら、清志郎の歌に光を見ている。

それを清志郎は知っていたから・・・・。

だから、歌を取ったのか?

この人は本当に、心底、本物の音楽家なんだ。。。。

私は、この人の音楽を知り、

深く愛する事が出来て本当に幸せ者です。

清志郎が残した作品の数々は、永遠です。

清志郎の生のステージをもう観る事はできないけれど

ずっとずっと、どんなところでもアナタの音楽に触れる事が出来るから・・・

幸せ者だよ・・・・私たちは。

ほら、今だってスペースシャワーTVで

追悼番組やってるよ。。。。

キヨシロウ、清志郎。。。。大好きだ。。。これからもずっと。

だから、また語りたい時、語っても良いですか?

ずっと側に置いてくれますか????

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納得できるまで・・・キヨシロウを讃える その14 『GODの神様』

清志郎はオーティス・レディングが大好きである事は有名な話です。

実際、オーティスの歌には圧倒させられる。

それくらい、歌に「Soul 魂」が込められている。

私も大好きなシンガーです。

このキヨシロウの『オーティスが教えてくれた』を聴くと、

胸が熱くなり、涙が溢れる。

本当にキヨシロウの今のこの魂先行スタイルの歌い方は

オーティスから学んだんだろうね。。。

歌詞も素晴らしいうえ、そのうえ・・・・魂が。。。。まさにSoul Music。

キヨシロウが大好きなオーティスの歌を歌うたび

我が家のオーティスも喜ぶのです。。。。

↓↓『オーティスが教えてくれた』 忌野清志郎↓↓

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納得できるまで・・・キヨシロウを讃える その13 『ブルースを亡くす』

約13年ともに暮らした愛猫ブルース・・・

彼を失った時も確か今みたいに目を腫らし泣いたなぁ。。。。

そのとき私を救った曲が、この曲『ぼくの目は猫の目』。

聴いた聴いた、聴き倒した。。。。。

しかも良い歌なんで、NHKのみんなのうたにも使われてたよ。

ちなみにブルースの名前も、キヨシロウの作品のフレーズには沢山出てくるよ。

↓↓『ぼくの目は猫の目』 忌野清志郎↓↓

http://www.youtube.com/watch?v=LnMUa093fgc

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納得できるまで・・・キヨシロウを讃える その12 『包まれる』

全部、全て、何もかも・・・・・

キヨシロウが引き受けてくれるんです。。。。

何も心配は要らない・・・・ってね。。。

何度も何度も地獄の淵から救い出されました。。。

以前、ラズベリーサーカスの『星空のミュージカル』を聴き

本編の妄想音楽飲茶館で語った事もあるのですが

あのラズベリーサーカスの『星空のミュージカル』に繋がる感覚・・・。

全て引き受けてくれる感覚・・・・。

その感覚を感じる曲です。

大好きな曲です。

↓↓『お弁当箱』 忌野清志郎&ニーサンズ↓↓

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納得できるまで・・・キヨシロウを讃える その11 『仙人』

私は清志郎という人が大好きです。

元来、私は人が嫌いなんです。。。。人を平気で傷つけるから。

でも、清志郎は昔から好きなんです。

清志郎が創る詩は、絶対人を傷つけないし、暖かいの。。。

いつも包まれる感覚があります。

全てを悟って暖かく手を差し伸べてくれている気がします。

神様のように、全てを許し微笑んでくれている気がします。

だから以前から、私はキヨシロウを『仙人』だと思っています。

とても心の澄んだ人だと思います。

だからこそ、幅広い年代に長く愛されるのだと思います。

日本にロックが確立され、初めて亡くなった・・・しかも偉大なロックスター・・・・。

その人は上辺だけのロックスターではなく本物の人。

改めて、清志郎の残した音楽の功績が

どんなにスゴイものであったのか再確認しました。

教科書に載ってもおかしくないよ。

こんなに綺麗な音楽が創れる人だから。。。

YOUTUBEで知ったの、この曲・・・・詳細はわかりませんが

とても綺麗です。。。。

↓↓3 Views Producers feat. 忌野清志郎↓↓

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納得できるまで・・・キヨシロウを讃える その10 『国立~くにたち』

キヨシロウと言えば、国立である。

子供の頃、『多摩蘭坂』を聴いて、どんなにその坂道に行ってみたかった事だろうか。

国立と国分寺の中間あたりにある「たまらん坂」

以前はファンがその坂道にある石垣にRCやキヨシロウを讃えるメッセージを

沢山残していたらしいが、現在はマンションだか区画整理だかで

その石垣もなくなったらしい。

今回キヨシロウが亡くなった事で「多摩蘭坂」へ行ってこようか・・とも考えたが、

自宅でゆっくり追悼式をする事にした。

来週の9日の葬儀は行ってみようか・・・とも思うけど、

涙で目が腫れ上がり余計悲しくなりそうで検討しているところです。

それに、生前の映像見てたら、とても死んだなんて・・・・・・。

まだ信じられないし、泉谷さんの気持ちが解ります。。。

認めたくない。

↓↓『多摩蘭坂』 忌野清志郎↓↓

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納得できるまで・・・キヨシロウを讃える その9 『廃盤』

とにかく、まだ語らせて。。。

そんなこんなで、結局・・・

清志郎は日本の財産なわけで、

身近な事から、夢見がちな事まで、

普通の凡人の私どもの、痒い所に手が届くかのごとく

様々な音楽を時代に合わせ聴かせてくれたんですね。。。

現在は再発されたのですが

あまりにも不遇な売れない時期に出したアルバム『シングルマン』の中に

入っている曲で『夜の散歩をしないかね』というのがあるのですが

これがまた美しい。。。。

何でこのアルバムを当時廃盤にしたのか理解できない。

RCのアルバムの中でも名盤だと思うのだけれど・・・。

↓↓『夜の散歩をしないかね』 RCサクセション↓↓

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納得できるまで・・・キヨシロウを讃える その8 『昂揚感』

悪いけど、まだ語らせてもらうもんね。。。。

RCがブレイクして、ホールクラスのチケットって

本当に取りにくくて。。。

だって昔はネットなんて無くて、

チケット取るためにはプレイガイドで並ぶしか道は無かったしね。

中学生になった私は、

年に数回しかやってこないRCのライブを心待ちにするあまり

成績はガタガタだったが、音楽ライフはとても充実していたな。

RCのライブは本当に『ロックスターのロックショウ』そのもの・・・・。

当時『ラプソディ』というアルバムが大好きで、

特にこの曲が大好きで、ライブでこの曲が演奏されると

私だけでなく、他のお客さんたちも、ぶっ飛んでました。

大好きな曲です。。。いまでもドキドキする。

↓↓『ブン・ブン・ブン』 RCサクセション↓↓

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納得できるまで・・・キヨシロウを讃える その7 『愛猫リズム』

清志郎が亡くなったばかりではあるが、

今日は我が家の愛猫リズム嬢のお誕生日(推定)である。

我が家の歴代の猫達の名前は・・・・

実は全て清志郎に知恵を授かり名づけた子達なのです。

清志郎好きならば・・・・気づいてくれたかもしれません。

そんな猫たちは、キヨシロウが歌うと

どの子もキヨシロウに名前を呼んで貰えるという仕組み。

どのこも、必ずキヨシロウの歌のフレーズに名前が入ってるのです。

ちなみにリズム嬢・・・・『Fell So Bad』というアルバムの中の

『可愛いリズム』という歌から頂いた。

YOUTUBEには残念ながらありませんでしたが

試聴サイトで触りだけでも。。。。

↓↓『可愛いリズム』 RCサクセション↓↓

http://listen.jp/store/preview.aspx?pid=4988006155220&fn=4988006155220_1_11&tm=1241416332171

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納得できるまで・・・キヨシロウを讃える その6 『井上陽水』

もうダメだ。。。。

涙で前が見えなくなってきたよぉ。。。。

なんで、死んじゃったの!!!!

やっぱり清志郎は天才だよね。。。。。

小学生の頃から、おばさんになってしまった今でも

アナタの歌が大好きだよぉぉ。。。。。。。

まだまだ、アナタが必要なのに。。。。

この陽水さんの名曲も清志郎と陽水さんの共作です。

フォーク時代からのお友達だそうです。。。

まだまだ泣かすのですか。。。。。

↓↓『帰れない二人』井上陽水&忌野清志郎↓↓

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納得できるまで・・・キヨシロウを讃える その5 『あっこちゃん』

まだまだ語らせて。。。。。。

矢野顕子さんと共演したたとき

人の創った曲も、ココまで心揺るがすほどに表現させる男・・・

それがキヨシロウ。

これも泣けます。。。。

今夜は思う存分、泣かせておくれ。。。。。

↓↓『ひとつだけ』 矢野顕子・忌野清志郎↓↓

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納得できるまで・・・キヨシロウを讃える その4 『友人』

愛されるアーティストだからこそ

沢山のアーティストと共作し、一杯作った。

これは細野さん、坂本冬実さんと一緒にやったHISというグループでの一曲。

『500mile』と言う曲で、元ネタは有名で良い曲ですが

清志郎が細野さんとともに仕上げるとこんなにも、泣ける。。。。。

唄は心ですよね。。。。これも優しさが沁みる

↓↓『500mile』 HIS ↓↓

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納得できるまで・・・キヨシロウを讃える その3 『フォーク時代』

清志郎は、

フォーク時代が、また実に良い。。。。。。

ロックになってからの清志郎と見た目は随分と違い

純朴そのものだけど、

音楽的にはデビューした70年代から現在に至るまで

一貫していると思う。清志郎そのまま。。。。。。

私は衝撃の『ロックンロールショー』を聴いて、

すぐその後いきなり、『ハードフォークサクセション』というフォーク時代を

買ったんですが・・・・すごく感動した事を思い出す。

むしろ、フォーク時代の楽曲は最高です。

この曲が大好き。サビの部分の盛り上がりで鳥肌。

↓↓ぼくの自転車のうしろに乗りなよ↓↓RCサクセション

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納得できるまで・・・キヨシロウを讃える その2 『人柄』

昨日から、ニュースでも、ワイドショーでも、清志郎ばかり。。。

どれだけ清志郎が日本のロック界に功績を残し、

どれだけ多くの人に愛されたかが良く解る。。。

そして、殆どのチャンネルで、清志郎の優しさを語る。

そうなんですよね。。。。清志郎は生前、奇抜な部分ばかりが

クローズアップされてきたけど、

清志郎の音楽が本当に好きな人は、

彼の創る音楽がいかに人の心を打つか・・・・ということを

よく知っている。

TVのコメンテーターがせつせつと清志郎の良さの本質を語り、

「よくわかっとうやん・・・」と感心した。というか

同じように清志郎の曲を噛みしめられる事が嬉しい。

本当に清志郎が創る詩もメロディも

人に暖かく優しいんですよ。。。。。

清志郎が創った曲には沢山良い曲があるけれど

私は特にこの曲が好き・・・・・。

ラヴソングを書かせたらキヨシロウを超える人はいない。

うわべだけの薄っぺらな愛じゃないんだよ。。。。

泣くよ・・・・本気で。。。。。。

↓↓『あふれる熱い涙』 RCサクセション ↓↓

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納得できるまで・・・キヨシロウを讃える その1 『出逢い』 

清志郎の思い出に、ドップリと浸っていようと決めた。

YOUTUBEは便利だね。。。

良い時代だよ。。。

これをネタにしばらく勝手に語らせて。

1982年、今から27年前・・・・

夜のヒットスタジオにRCサクセションが出演し、

『ロックンロールショー』を演奏しました。

このとき私は、まさにこの放送を観て、熱狂的RCファンと化しました。

これが私のロックの始まりでした。

これがロックスター・・・・そうでしょ?

1982年 夜のヒットスタジオにて 

↓↓『ロックンロール・ショー』 RCサクセション↓↓

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ダメだ。。。。。。。

時間が経てば経つほどに・・・・

辛いよ。

アナタの死は、

私にとって、

あまりにも

大きすぎるよ。。。。。

どうしていいのか解らないよ。

どうすればいい?

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Day Dream Believer ~ ありがとう清志郎

私にとって清志郎は・・・

とても大切な・・重要な人です。

小学生の私が一番最初にふれたのロックでした。

この出逢いがなければ、今の私は存在しません。

どんなにRCのコンサートチケットを買うために

岩田屋やマツヤレディスの前に並んだ事か・・・・。

華やかなステージは、本当に『Rock Show』そのものでした。

あの体験から、この歳になった現在でも

まだ、夢から覚めてません。。。。。

死に物狂いで取った一番前の席。

あの時、掴んだキヨシロウの手の温もりも忘れません。

辛い事があるたびに、キヨシロウの作った曲の数々に

どんなに助けられたか数え切れません。

アナタはまさに私のロックの神様です。

ブルースもリズムもオーティスもレノンも・・・

うちの猫達の名前は全てアナタに与えて頂いた物です・・・・。

アナタが居ないこれからも、

私たちは、アナタの音楽を聴き続けるでしょう。

アナタはまさに、日本のロック史の最重要人物です。

昔々・・・・もう20年以上前のことでしょうか・・・?

アナタは『天才は長生きできない』・・・って言ってましたね。

やはり、アナタは天才だったのですね・・・。

清志郎・・・、夢を沢山ありがとう!

↓デイ・ドリーム・ビリーバー (ウルフルズ&忌野清志郎)↓↓↓

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